3.11東北大震災と福島第一原発事故から一年を迎えるにあたり、当店に関わりのある方々から頂いたメッセージを掲載します。
また私どもスタッフも、この一年を振り返ってコメントさせていただいています。
3.11から2年目が始まります。あれから変わったこと、変わらなかったこと、もっと変えていきたいこと・・・。寄せられたメッセージを読みながら、3.11後の日本の現状を再認識し、自分にとって本当に大切なものは何か、守りたいものは何かを今一度自分自身に問いかけて、現状を少しでもよくしていくための行動のきっかけになればと思います。
また、これからの日本を生き抜くための参考になるオリジナルDVD「原発のない未来へ〜子どもたちのために、今、できること」(田中優・中村隆市 講演)を製作しました。あわせてご覧ください。
2012年3月11日
スローライフスタイルショップ膳<Zen> スタッフ一同
次第に見えてきたチェルノブイリとの類似性
最初に報じられた状況と比べると、今の被害規模は信じられないレベルとなっている。
その汚染レベルはほぼチェルノブイリと同じ程度になっている。ただし範囲は日本のほうが狭いが。
その理由は偏西風地帯の日本で、東端の福島第一原発での事故だったからだ。
その放射能の大半は風で太平洋に流れた。
その分を含めると、チェルノブイリの汚染を上回ったと見られている。
しかし汚染地域が狭いといっても、
日本の国土全体の3%を「住むのに適さないレベル」に変えたのだから、
深刻な汚染状況だ。
ところが日本ではその深刻さに気づいていない人が多い。
安全だと言われながら、忘れた頃に徐々に知らされていくせいだ。
汚染の被害を占うなら、チェルノブイリに学ぶのが最も適切だ。
たとえばベラルーシでは、1999年まで出生率が著しく下がり、死亡率が上がっていた。
しかし1999年から持ち直している。
いったい何があったのか。
実は1999年にベラルーシの食品の放射能基準が厳しくなったのだ。
日本の現状は残念ながら、ベラルーシの厳しい基準を採る以前の甘いレベルにある。
ということは、日本もまたベラルーシで起きたのと同じ事態が生じるのではないか。
それを心配している。
事態は終わっていない。
むしろこれから被害が出てくるし、実態もまだ見えていない段階にある。
地震国日本では、危機は全く去っていない。
目をそむけないでほしい。
それこそが、私たちが持ち得る「未来世代への責任」への、最も重要な視線なのだから。
今、戦争のような毎日を過ごしています
『知ることからはじめよう』 は6刷にもなったとのことで、嬉しいです。玉置(旧姓:上條)さん(注1:元スロービジネススクール学生、冊子編集メンバー)の労作でした。
(注2:冊子監修は小出裕章氏)
冊子についてのコメントも載せてくださっていて、私にもとのお誘いでした。
ありがたく思いますが、私は今戦争のような毎日を過ごしており、申し訳ありませんが、文章を書いたりしている余裕がありません。
この戦争が少しでも早く終わることを願います。
今私たちにできる限りの努力で原発をなくそう
今年も春がやってきました。
でも昨年の3月11日以来春は私たちにとって深い悲しみと重い覚悟を伴うものとなりました。
それは一瞬にして数万の命を奪っていった地震や津波だけではなく、それまで見えない恐怖であった原発が見える恐怖となって私たち、とりわけ若い世代を襲ってきたことです。
地球上のすべてのいのちを蝕む放射線禍を次の世代に負わせることがあってはいけない。
今私たちにできる限りの努力でせめて九州の地から原発をなくそう。
そんな気持ちで迎える2012年の3月です。
いのちの時間といのちの場所
制作した冊子『原子力発電がとまる日』のタイトル通りに、
日本国内にも「原子力発電がとまる日」がもうすぐ来ようとしている。
今朝、「西日本 原発稼働ゼロ」という見出しが新聞の一面に出ていた。
さらに東日本でも柏崎刈羽原原発が3月26日、泊原発が4月下旬に
停止予定で、再稼働する原発がなければ、今年4月下旬、国内のすべての原発が止まる日が来る。
(2012年2月21日朝日新聞1面参照)
『原子力発電がとまる日』を制作した際、
『原子力は「手痛い過ち」〜原子力産業の神話〜』の邦題として、
願いを込めてつけたタイトルだった。
大きな痛みを伴って、とまっていった原発。
またいつ動き出すかも分からない原発。
とまった後も沢山の課題を背負って、
私達がいなくなった後も、
気が遠くなるほどずっと先まで、その痛みはやまない。
そのような大いなる時の流れのなかにいるけれど
私は自分のいのちの単位でしか幸せを感じることができない。
あと、どれだけ
愛する人たちと手をつなげるだろう。
あと、どれだけ
愛する人たちと抱き合えるだろう。
原子力発電に関するすべてのものがとまる日、
ありとあらゆるすべてのいのちが
そのいのちにふさわしいところで動き出すのかもしれない。
そして、またゆっくりと息をした。
大事なものを大事と言うこと、小さく行動することからはじめよう
子どもの頃から、ずっと気になっていた「げんぱつ」。
チェルノブイリ原発事故という大惨事が起こり、
子どもがフツウに考えても、人間には扱いきれそうもない危険きわまりないシロモノを、
大人の有名人が「安全です!!」と自信満々に言い放つCMを不審な目で眺めてきました。
だけど、じゃあどうすればいいのか。
自分も大人になり、もう「大人が悪い」と誰かのせいにできなくなってからも、ずっとわからなかった。
わからないで立ち尽くし、とりあえず目の前の日常をこなしている間に
私の大好きな祖母の故郷に、大切な親戚や友人の近隣に、原発は建設され続け、
経済的恩恵を受ける人も増え、原発の話題は不必要な仲違いを生む種となっていました。
そんな頃にスロービジネス・スクールに出会って
ドイツ環境省が公式に脱原発宣言した文書の日本語出版プロジェクトに関わり
「この冊子、私たちが作ってん。よかったら読んでみて。」と周囲の人に話しかけることで、
私なりに少しずつ行動のしかたがわかってきました。
その数年後に起こった3.11原発事故。
いつか起こると、わかりすぎるほどわかっていた時代が、ついに到来しました。
そしてさらにフツウに考えれば、地震国・日本の原発事故がこの1回だけで終わるとも思えません。
絶望と希望とをじっくりかみしめながら、
自分にとってほんまに大事なものを大事だと言い、実際に大事にすること。
それがある日突然壊されることがないように、
小さくていいから、あきらめずにじっくり腰をすえて行動し続けること。
3.11から一年を前にあらためて、日常の小さな言動を大切にすることからはじめたいと思います。
そして今は「スローライフスタイルショップ膳<Zen>」福テンチョーとして、
いのちを大切にする生き方がもっと広がるように
スローな商品を多くの人のお手元に届けられるように
ささやかながら自分にできる仕事に日々向かい合っていきたいと思います。
続く道
膳(Zen)の原発・震災関連商品が飛ぶように売れた、世の中が揺れている、皆情報を求めて必死に動いている、そんな体感をした一年。
実家のある群馬も放射能のホットスポットになってしまった。
東日本大震災前から、原発の危険性を発信してきたのに、悔しくて涙が出た。
世界を変えたいと思っていたのに。いのちにやさしく、大安心のある世界に。
でも、、、。
本気でやっていただろうか、なりふりかまわずやっていただろうか。
確かに刻まれたあの出来事から、一年。
風化も早い、忘却も早い。
仕組み自体はあまり変わっていない。
その背景にある人の意識も実はそれほど変わっていないのか、変わりたくないのか。
被災地でもそれ以外の場所でも、人間は、多くの苦しみ、悩み、不安をそれぞれにたくさん抱えている。どんなささいなことであれ、当事者にとって、目の前のそうした苦悩は一大事。
価値を比べることはできない。
だが、被災地に立った時に見た、地震・津波の圧倒的な破壊、喪失は尋常ではなかった。
目の前の光景に震えた。
それでも放射能の脅威をすぐに体感することはできなかった。
豊かな想像力、感受性が必要な現実。
それらは世界中の先住民やかつて日本人も大切にしてきた、“見えないもの”、“ 形のないわからないもの” への「祈り」に近い。
根本的に何かを変える必要がある。
今自分の立ち居地、拠り所はよくわからない。
何をどうしたら、、、という気持ちも確かにある。
「どうしてこんなんこんなことになっちゃったの?」
と次世代を生きる子どもに問われたらどう答えるだろう、、、。
「先に生きてきた僕達は間違えた。抗い続けることが出来なかった。間違いを変えることが出来なかった。代わりの方法を見つけたけど実行できなかった。本当にごめん、、、。」
こんなことを最近はよく考える。
「、、、。」から先がなかなか出てこない。
でも、そこに続く自分の道は確かにあるはずだ。
続く道が。
何をないがしろにして、何を優先してきたか、何を受け継ぎ、何を大切にしていくか、過去に学び未来を紡ぐこと、できるかはわからない。でもやらないと気がすまない。
決して苦しみの中だけで生きることはしない、人はたくましさも持っていると思う。
次世代はもちろん、自分達大人もまだ未来を幸せに生きていく権利は持っているとも思う。そのためにはまずは責任を果たすこと。忘れないこと。向き合うこと。
竹之内国幹
「スローライフスタイルショップ膳<Zen>」会計担当
スロービジネスカンパニー事務局長
大切なことを率直に意思表示して、もっと幸せな世界に。
12歳のときに伝説のスピーチをしたセヴァン・スズキがこう言いました。
「ひとり一人にとって大切なものや人を大切にして、充実した人生をおくることが、幸せな世界をつくっていく」と。
こんな報告があります。
<「死ぬ前に語られる後悔」のベスト3>
1位
「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」
2位
「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった。
3位
「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた。
( http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-9222 より)
このことを知っていたら、多くの人がより幸せな人生を生きられるかもしれない。
「子どもたちの生命を脅かす原発はやめてほしい」という気持ちを率直に意思表示できたら、もっと幸せな世界に変わるかもしれない。
【3.11特集】